基軸通貨ドルを中国ではなく米国の成長通貨としてEXPLOIT(完全利用)する・・・


経済成長には成長をファイナンスするマネーが必要である


https://uenoharapc.jimdo.com/ インダストリアルエコノミストの卒業論文 より要旨転載

 

 経済は分数で成り立っています。経済は Mを分子、(G+S+I)を分母とした分数で成り立っています。すなわち、私たちが必要とする『もの』(Goods=G)と『サービス』(Services=S)と『情報』(Information=I)を分母に、私たちが支払う『お金』(マネー=M)を分子とした分数で構成され、分数全体の値が『経済全体の物価水準』を表します。分数の値が小さくなればデフレ、大きくなればインフレになります。

  

 歴史を辿ると、分子のお金は時代を問わず、洋の東西を問わず、ゴールドでありました。ゴールドは⓵希少で、⓶化学変化せず、③贋金を作らせなかったからでした。19世紀に『晩鐘』を描いたミレーの時代は英国ではじまった100年も続いた金本位制がうまく機能した時代で、マネーはナチュラルのゴールド、グッズも繊維で言えばコットン・ウール・シルクの天然繊維という時代でした。如何なる暴君も贋物のゴールドを作れなかったからです(暴君は、力にものを言わせて、ペーパーマネーをゴールドの役割を担わせましたが『インビジブルハンド』、すなわち、マーケットを支配する目に見えない力によって、紙くずにされてきました)。

 

 20世紀に科学技術が進歩し、繊維の世界で言えば、レーヨン糸に続いて合成繊維が生まれ、分母が急増しました。私は合繊メーカーに勤務しましたからよくわかるのですが、ナイロンやテトロンなどマンメイドの合成繊維の世界生産量は、はじめて統計に掲出された1940年の5000トンから1973年の751万トンまで、33年間に生産は1年たりとも減産になることなく、1500倍に増加しました。33年間の年平均成長率は(複利計算で)実に年率24.8%、『3~4年ごとの倍増ゲームが33年間も続いた』のです。こんなに増え続けた新製品は人類の歴史にありません。合繊の生産は、石油価格が1バレル2ドルから10ドルに急騰した1973年の世界同時不況の際にはじめて減産となりましたが、その後再び増勢の一途を辿り、1973年から2005年までの32年間に生産量はさらに4.2倍に増加しました。この間の年平均成長率はそれでも4.6%でした。

 

 マネーがゴールドであり続けていたならば、経済活動を示す分数の値、すなわち、売値が限りなくゼロに近づき、会社は倒産していたでしょう。第2次大戦後に、IMF体制の下、世界の金融制度が“quasi-man made”(半金本位制度=半人造通貨制度)と呼ばれる金為替本位制度がはじまっていたからです。

 合成繊維について分母と分子の関係は、ものが増産される際にマネーもバランスよく増えなければならないことを示しています。

 

  


戦後のヨーロッパと日本の復興と成長を支えたアメリカからのドルの流出


 合成繊維について分母と分子の関係は、ものが増産される際にマネーもバランスよく増えなければならないことを示しています。

 ものやサービスや情報が大量に供給され、豊かな生活が出来るためには、マネーの供給も増えなければなりません。分母がナチュラルの世界からマンメイドになったのだから、分子のマネーも天然のゴールドからマンメイドマネーにならなければ、豊かな生活は望めないということです。このマネーのことを成長通貨と言います。

 第2次世界大戦が終わった時、ヨーロッパも日本も廃墟で、世界中のゴールドがアメリカに集中していました。アメリカは海外援助で欧州と日本にドルを還流させ、戦後の復興を支えました。この間、マネーは、人間の恣意を峻拒するゴールドでなければならないとの鉄則のもと、かろうじてアメリカのドルだけが35ドル=1トロイオンスのゴールドと交換されるというIMFの約束ごとに従ってドル紙幣(マンメイドマネー)が世界各国に受け容れられたのでしたが、やがて印刷されたマンメイドマネーであるドルがアメリカからの海外投資やアメリカの輸入増大あるいは冷戦の戦費の形で海外に流出し、ゴールドと交換するに十分なゴールドが不足し、フランスがドル紙幣とゴールドの交換をアメリカに求めるに及んで、ドル不安が表面化し、結局、1971年8月のニクソンショックで、ドルとゴールドの関係が断ち切られ、遂にドルがマンメイドマネーとなったのですが、海外に流出したドルによってヨーロッパと日本の経済成長がファイナンスされ、戦後の復興が実現しました。


ソ連崩壊後のグローバリゼーション時代に中国の成長と繁栄を支えたのも印刷されたドルであった!


 戦後の復興が一段落し、中国その他の開発途上国の経済が繁栄に向かって成長する時に必要なマネーは誰が供給するのか。『理屈では、世界銀行が世界通貨を発行し、世界の繁栄を確かなものにするマネーを供給するのが筋』ということになるのですが、ゴールドから解き放たれたマンメイドマネーは『贋金』以外の何ものでもないというのが人間の歩んできた歴史なのですから、ことは簡単ではありません。

 IMP(世界通貨基金)によってSDRという世界通貨を思わせるような準備資産が作られましたが、決済機能がなく、発行額が伴わない統計上の数字であるため『実際問題としてドル以外にその役割を果たすマネーがない』という現実の中で、ドルが中国その他の開発途上国の経済が成長する際に必要なマネーを供給することになりました。

 1990年代の初めに共産主義ソ連が崩壊してロシアに先祖返りし、冷戦後のグローバリゼーションが世界経済の指導理念とされる中で、共産主義政治体制の中で経済活動だけ自由化した中国が経済成長に必要なマネーをうまい具合にアメリカから引き出したという構図が読み取れるのです。 

中国の外貨準備高は、共産党1党独裁のソ連が崩壊しロシアに先祖返りした1991年には、わずか101億ドルでした。それが25年後の2014年に3.9兆ドルのピークに達しました。この間、中国経済が如何に成長したか、わが国の経験から類推することは許されるでしょう。

高度経済成長がはじまった当時のわが国の外貨準備高は20億ドル見当(当時は1ドル=360円。110円換算しても65億ドル見当)でしたが、これが1.2兆ドルに増えました。この過程でわが国は如何に豊かになったか、この豊かさはアメリカからのドルに支えられて実現したのです。  

出所:http://ecodb.net/country/CN/f_reserve.html


印刷されたマンメイドマネー=ドル による2度にわたる世界恐慌の回避


【ブラックマンデー】 1987年10月19日(月)にニューヨーク株式市場のダウ平均株価が1日で2,246ドルから1,738ドルへ、508ドル、率にして22.6%も大暴落しました。この時の株価の下げ幅は1929年10月29日の暗黒の木曜日の下げ率11.7%を越えていました。

 この時、ニューヨークタイムスは、“Seeking Stronger Safety Net for Nation's Financial System”と題して、①銀行の融資削減が長期化したならば金融機構はチェルノブイリ原発のようにメルトダウンしていたであろう、②絶体絶命のピンチに陥った株式市場からの資金需要は政府の特例措置によってファイナンスされたが、その背後で、ニューヨーク連銀が市中銀行に対する資金供給を増額する見返りに市中銀行が証券業者に必要な資金を融資するよう強く要請した、③シティーバンクのリード会長は、談話で、「ニューヨーク連銀のコリガン理事長からの電話を受けた後、自行の証券業者への融資は通常の2~4億ドルの水準から10月20日には14億ドルに急増した」と語った、④この非常の救済措置は所期の効果を発揮した、⑤この措置の恒久化が検討されていると報じました(The New York Times Dec.14 1987, D6)。証券市場が必要とする資金の全額を中央銀行が供給したのです。

 

【リーマンショック】 ブラックマンデーから20年を経た2008年9月にはリーマンブラザーズの破綻による世界同時株安が発生し、100年に1度という世界不況の到来が懸念されました。アメリカのバーナンキFRB議長が『100年に1度の不況』と言いましたので、世界中が1930年代の世界不況を連想し、事態を深刻に受け止めたのでしたが、この時、株式市場はアメリカだけでなく欧州と日本の中央銀行から無制限の資金の供給を受け、1年後の2009年秋には世界景気の底入れが確認されました。

 

【マンメードマネーによる2度にわたる世界恐慌の回避】 株価が一晩で22.6%も下落するとはどんなことなのか。23,000円の日経平均株価が5,200円も暴落することを意味します。決済不能が続出し、連鎖倒産が起るのは目に見えています。この時、通貨が天然のゴールドであったなら、錬金術は出来ませんから世界恐慌が起っていたでしょう。ブラックマンデーの時、アメリカではドルの印刷機がフル回転して、必要なマネーを供給し、恐慌が回避されたのでした。リーマンショックの時は、アメリカだけでなく、ヨーロッパと日本も紙幣の印刷機をフル回転させて、マンメイドマネーを供給し、世界不況を回避したのです。アメリカの中央銀行の総裁が言った『100年に1度の世界不況』は起りませんでした。

 この時、日本の総理大臣は麻生さんでしたが、1世帯当たり何万円かのお金がばらまかれたことが思い出されます。 


ドルというアメリカ国民に対する借金証文で、世界、とりわけ、中国の経済成長を  ファイナンスする時代は終わった! そんなことを続けていたらドルは紙くずになる!


 アメリカが発行し、流通しているドルの残高(現金+当座預金残高+普通預金残高+小口定期預金残高)は毎年3%強増えています。

 『日本政府が発行した国債という借金証文を日本銀行が1万円札で買っている』ことを見れば分かるように、要するに流通している紙幣は国の国民に対する借金証文なのですが、ことドルについて言えば、アメリカ政府がアメリカ国民に対して発行したドルという借金証文をアメリカは中国から安いものを買って、中国の経済成長に必要なマネーを供給し、中国人民の生活を豊かにしてきたというのがグローバリゼーション時代のアメリカの行動原則だったのです。

 その結果、中国は3兆ドルもの外貨準備を持ち、アメリカに対抗する勢力になりました。


中国の外貨準備3兆ドル VS アメリカの外貨準備は◇∞◇ドル!


 IMFの統計で、金外貨準備の欄があります。中国の金外貨準備は◇ドルと書かれているのに対して、アメリカの金外貨準備はわずかに◇と書かれているだけです!


閑話休題  アメリカ合衆国と中華人民共和国の国交回復の原点


https://uenoharapc.jimdo.com/ 『上野原とこれからの世界』(2004年10月)より要旨転載 

 みなさん、1971年7月にアメリカ合衆国が日本の頭越しに中華人民共和国と極秘会談を行い、ニクソン訪中を発表したことを思い出してください。これまではその経緯を『キッシンジャー回想録』などから憶測できるに過ぎませんでしたが、2004年2月に『周恩来キッシンジャー機密会談録』という書物が岩波書店から出版され、質疑応答方式で行われた極秘会談の内容が日本語で手にとるように読めるようになりました。

 

 見事に秘匿された状態で、「中華人民共和国(当時は中共と略称されていた)を訪問したい」という意向をニクソン大統領がパキスタンのヤヒヤカーン大統領を通じて中国に伝達、1971年7月の大統領特別補佐官キッシンジャー博士の一行と周恩来首相とそのスタッフとの会談が実現しました。

 

 ベトナムで激しい戦闘が続き、台湾海峡で米中の緊張が続いていたさ中のことでした。この書物の80ページから1箇所だけ引用します。

 

 周恩来:「キッシンジャー博士は1960年にソ連がすべてのソ連の専門家たちを中国から引き揚げたこと、またソ連が契約を破棄したことは知っていましたか」

 

 キッシンジャー:「私がそのことを個人的に知ったのは1962年です」(1960年7月、ソ連は1390人の派遣技術者をわずか1ヵ月あとの8月末にすべて引揚げさせた上、予定していた900名の派遣を中止した)。

 

 その後、ニクソン訪中に向けての準備会談が10月にも行われ、ソ連に関する情報がアメリカから中国に極秘ルートで伝達されるようになりましたが、私が注目するのは、1972年1月にヘイグ准将(レーガン大統領のもとで国務長官に就任)がキッシンジャー補佐官とニクソン大統領からの依頼を受けて、「中国国境に110万人ものソ連の軍隊が展開していること」を伝達していることであります。こうしてはじめられた中国とアメリカの話し合いは、国際機関からの台湾追放など多くの難問をクリヤーして1979年1月に正式な外交関係樹立となって結実するのでありますが、実は、中国はアメリカとの国交樹立3ヵ月後の4月に、1950年2月に締結した「中ソ友好同盟相互援助条約の破棄」を決議し、ソ連に通告しているのであります。

 

 「中ソ友好同盟条約」は1949年10月の中華人民共和国建国直後の1950年2月に、有効期限30年、最初の期限到達の1年前に条約破棄を相手に通告しない限り5年延長される」という内容のものでありました。

 

 この条約は「世界を共産化する」と本気で考えていたソ連の世界戦略に建国間もない中国をがっちりと組み込んだ条約で、ソ連にとって大変意義深い条約であったわけです。「1960年の技術者一斉引揚げ」や全日空会長を勤められた「岡崎嘉平太さんの中国報告」(そう魚の刺身の話・リンゴの話)を私がこの耳で直接聞いたことなどを考え合わせて、この『中ソ条約は、中国国民の生命と財産の安全確保および中国を繁栄させるという国家目的達成に有効ではなく、ソ連の桎梏から抜け出すことが中国の国益であった』と私は判断しています。

 

 1971年にはじめられた米中会談から8年の歳月を経て、中国は手堅くアメリカとの国交を樹立して、間髪を入れずに中ソ条約を破棄して、国家経営の軸足をソ連からアメリカに移し変えたのであります。

 

 私はアメリカとの外交関係樹立なくして中国はソ連の桎梏から抜け出すことは出来なかった、したがって、中国の現在の繁栄の原点はアメリカとの国交樹立にあると確信しています。今後の米中関係につきましては、したがって、表面で対立は起こっても根本のところでは中国は米国との関係を大切にして行くことは間違いないと確信しています。

 

 北朝鮮がアメリカと対峙して中国の支持を期待しても中国は一切動かないというのが私の目に映るこれからの世界のシナリオです。

 

ブルムバーグニュース2016年12月2日号は『選挙に当選したトランプ大統領と会談した2週間後に93歳のキッシンジャー博士が北京に飛んだ』と報道しています。

参照:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-12-02/OHJQ856TTDS301

 

何がどのように話されたか明らかになっていませんが、私は『ほぼ半世紀前に米中国交を回復させた当事者の中でただ1人の生存者であるキッシンジャー博士が、国交回復の原点を現在の中国の指導者に確認した』と憶測し、この憶測を基礎に、トランプ大統領と習近平主席のフロリダ会談と習近平主席とトランプ大統領の北京首脳会談を評価しています。

 


アメリカの中国先祖返り作戦の武器は強いドル


私は、   に行われたトランプ大統領のベトナムでの演説に注目しています。その演説はマスコミの報道ではなく、トランプ大統領のツイッターに掲出された演説そのものでありますから、憶測の入り込む余地はありません。

11月□日トランプツイッターに掲出されたベトナムでの演説: 


11-10 I don’t blame China, I blame the incompetence of past Admins for allowing China to take advantage of the U.S. on trade leading up to a point where the U.S. is losing $100's of billions. How can you blame China for taking advantage of people that had no clue? I would've done same!  
 アメリカが対中国貿易収支で数千億ドルの膨大な赤字を記録したの
は、アメリカの政府当局の無為無策の故であって、非難されるべきは中国ではなく、これまでのアメリカ政府である。経済の原則に従って人民の利益のために行動した中国を誰も非難することは出来ないのではないだろうか?
私が同じ立場にいたら、同じことをした筈である!

脚注〕トランプのミクスが宣言された! 

印刷した紙幣で世界から石油でも何でも買うことが出来るのはアメリカドルだけという力があるにもかかわらず、共和党を含めこれまでのアメリカ政府は、唯々諾々と市場原理に身を委ねて、中国から安いものを買ってきた。トランプ政権は、このドルの力を少々高くてもアメリカ国産品を使い、アメリカのインフラストラクチャーの再構築に振り向けている。メキシコの国境に立派なメイドインアメリカの壁のプロトタイプがアメリカの勤労者の手で建設されている。石炭産業が蘇生している。世界の電力は石炭が支えている!


ドルで世界の成長をファイナンスし続けるとドルは紙くずになる!


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